
40代になって、健康に対する考え方が少しずつ変わってきた。
若い頃は「運動していれば、ある程度は大丈夫」と思っていた。
実際、自分は運動をまったくしてこなかったわけではない。
ウォーキングをしたり、以前はかなり長い距離を歩いたりもしていた。
だから心のどこかに、
「これだけ動いているんだから大丈夫だろう」
という気持ちがあった。
ところが、健康診断の数字はそう簡単ではなかった。
脂肪肝を指摘され、中性脂肪などの数値も気になるようになった。
気をつけていたつもりなのに、なぜだろう。
40代になってようやく、「運動している=健康」ではないことを実感するようになった。
運動だけでは帳消しにできなかった
以前の自分は、かなり歩いていた。しかも毎日だ。
たくさん歩けばカロリーを消費する。
だから多少食べても大丈夫。
そんな感覚もあったと思う。
でも、今振り返ると問題はもっと複雑だった。
日々の食事。
お酒。
仕事のストレス。
ストレスを発散するための飲食。
睡眠や休息。
こうしたものが全部つながっている。
たくさん歩いたからといって、その後に好きなだけ食べたり飲んだりすれば、必ずしも健康になるわけではない。
むしろ「運動したから大丈夫」という安心感が、食べすぎや飲みすぎの言い訳になっていた部分すらあった。
40代になって感じるのは、
健康は何か一つを頑張ればいいものではない
ということだ。
運動も大切。
でも、食事も大切。
睡眠も大切。
そして、仕事でストレスを溜めすぎないことも大切。
全部を完璧にする必要はないけれど、一つだけで他の問題を帳消しにすることも難しい。
そんな当たり前のことを、この歳になって実感している。
食べたいものより「食べた後」を考えるようになった
最近、自分でも驚いている変化がある。
食べ物の好みだ。
以前ならラーメンや脂っこいもの、味の濃いものにもそれほど抵抗はなかった。
今でも「おいしそうだな」と思うことはある。
ところが最近は、その次を考えるようになった。
「食べたあと、胃が重くならないか」
「翌日だるくならないか」
「お腹の調子は大丈夫だろうか」
そんなことを考えているうちに、自然と選ぶものが変わってきた。
魚や寿司・そばやうどんなどを選ぶことが増えた。
以前なら「健康のために我慢して魚を食べる」という感覚だったかもしれない。
今は少し違う。
体が楽な方を選んだ結果、自然とそちらを食べたくなっている。
これは40代になって起きた、自分の中ではかなり大きな変化だと思っている。
40代になって「乗り換えのできない車」の話が響く

世界でもっとも有名な投資家ウォーレン・バフェットの有名な話に、
自分の体を一台の車にたとえるものがある。
もし一生に一台しか車を持てず、途中で買い替えることもできないとしたら、どう扱うだろうか。
きっと説明書を読み、こまめに手入れをして、大切に乗るはずだ。
人間の体も同じだ、という趣旨の話だ。
若い頃にこの話を聞いても、自分にはそれほど響かなかったかもしれない。
体は動く。
多少無茶しても翌日には回復する。
少しくらい食べすぎても、そこまで気にならない。
でも40代になると、この話の意味が急に現実味を帯びてくる。
自分の体には乗り換えがない。
50代になっても、60代になっても、その先も、この体を使っていくしかない。
だったら、そろそろ本気でメンテナンスを考えなければいけない。
健康も「人生再設計」のひとつだった
40代になると、お金のことを考える。
仕事のことも考える。
老後についても考え始める。
だから投資をしたり、貯金をしたり、会社以外の収入を作ろうとしたりする。
でも最近、それと同じくらい大切なのが健康なのだと思うようになった。
いくら資産を作っても、体を壊してしまえば、やりたかったことができなくなるかもしれない。
だからといって、好きなものを全部禁止して、健康だけを考えて生きたいわけでもない。
ラーメンを食べる日があってもいい。
お酒を楽しむ日があってもいい。
ただ、毎日の選択をほんの少しだけ変えていく。
今日は魚にする。
少し歩く。
飲まない日を作る。
疲れていたら休む。
そんな小さなメンテナンスを積み重ねていく。
投資と同じで、健康も短期間で一発逆転するものではないのだと思う。
40代から先も使い続ける、乗り換えのできない一台。
そう考えるようになってから、自分の体との付き合い方も少しずつ変わり始めている。