
こんにちは、ふぉあぐらです。
「退職代行って、実際どうなの?」
「逃げじゃないの?」
「使ったらキャリアに傷がつく?」
会社脱出というテーマで発信していると、
こうした声を目にすることが増えました。
結論から言うと、
退職代行は“アリかナシか”で語るものではない
と、今は考えています。
この記事では、
- 退職代行がここまで一般化した背景
- 実際に起きている“非現実的な職場の話”
- 使って人生が好転したケース
- それでも「使わなくていい場合」
を踏まえたうえで、
会社脱出という視点からの現実的な位置づけを整理します。
退職代行がここまで一般化した背景
少し前まで、
「退職は自分で言うのが当たり前」という空気がありました。
ただ、今は状況がかなり変わっています。
- 終身雇用が事実上崩れた
- 転職が珍しくなくなった
- ブラックな職場の実態がSNSで可視化された
特にSNSでは、
「辞めさせてもらえない」
「精神的に追い詰められた」
という声が、珍しいものではなくなっています。
退職代行が広まったのは、
誰かがズルをしたからではなく、
そういう需要が現実に生まれてしまった
という側面が大きいと思っています。
退職代行は「逃げ」なのか?
退職代行に否定的な意見の多くは、
「逃げではないか?」という点に集約されます。
この感覚自体は、
決しておかしいとは思いません。
- 自分で言うべき
- 社会人としての責任
- 筋を通すべき
こうした価値観で育ってきた世代ほど、
違和感を覚えやすいのは自然です。
ただ一方で、
逃げないことが正解とは限らない状況
が存在するのも事実です。
心や体が限界に近い状態で、
「正しさ」だけを理由に踏みとどまることが、
本当にその人の人生にとってプラスなのか。
ここは、
感情論や道徳論ではなく、
現実ベースで考える必要があると感じています。
退職届が「受理されない」という非現実
法律上は、
退職の意思表示は本人の自由です。
しかし、現実の職場では、
- 退職届を受け取らない
- 机の上に戻される
- 話をはぐらかされ続ける
といった話が、実際に起きています。
「そんなの違法でしょ」と言うのは簡単ですが、
それを一人で戦うには、
- 精神的な負担
- 時間的コスト
- 法律知識
が必要になります。
この「建前と現実のギャップ」が、
退職代行というサービスが生まれた背景だと思っています。
実際に退職代行を使って人生が好転したケース
X(旧Twitter)でつながっている知り合いの中にも、
退職代行を利用した人がいます。
その方は、
- 明らかにブラックな職場
- 精神的にもかなり追い込まれていた
- 自分で退職を切り出す余力がなかった
という状況でした。
結果として退職代行を使い、
その後は転職活動を経て、
ホワイトな職場に移ることができたそうです。
重要なのは、
「退職代行を使ったから成功した」のではなく、
使って“次に進める状態”を作れたという点です。
それでも、退職代行を使わなくていいケース
ここは、あえてはっきり書いておきたい部分です。
退職代行は万能ではありませんし、
使わずに済むなら、その方がいいケースも多いです。
例えば、
- 上司や職場との関係がまだ完全には壊れていない
- 冷静に話せば、退職の意思を伝えられる余地がある
- 今後も同じ業界・人脈で働く可能性が高い
こうした場合は、
自分で退職の意思を伝えた方が、
その後のキャリアにとってプラスになることもあります。
退職代行は、
「楽をするための手段」ではなく、
どうしても自分では動けないときの手段
と考えるのが現実的だと思っています。
退職代行を「最終手段」として持っておく意味

個人的には、
退職代行は「今すぐ使うもの」ではなく、
最終手段として知っておくものだと考えています。
- 逃げ道があると分かっている
- 最悪の場合の選択肢がある
それだけで、人は少し冷静になれます。
結果的に、
「知っていたけど使わなかった」
という選択になるなら、それが一番です。
会社脱出という視点で見た退職代行の位置づけ
会社脱出は、
勢いで会社を飛び出すことではありません。
- 自分の人生を守る
- 次に進む余力を残す
- 判断できる状態を保つ
そのための選択肢のひとつとして、
退職代行が存在している、という位置づけです。
非常口のようなものなので、
使わずに済むなら、それが一番いい。
ただ、存在を知らないまま追い詰められるのは、
もっと危険だと思っています。
まとめ:退職代行は「使うか」ではなく「どう位置づけるか」
退職代行は、
- 無条件にアリでも
- 無条件にナシでもない
その人の状況次第で、
評価が変わるものです。
大切なのは、
「アリかナシか」を決めつけることではなく、
自分の状況に合うかどうかを冷静に判断すること。
この記事が、
あなた自身の選択を整理する材料になれば、
それで十分だと思っています。