
こんにちは、ふぉあぐらです。
年末になると、決まって宝くじ売り場に人が殺到します。
寒空の下で長い列を作り、
「今年こそは…」と希望を胸に紙切れを握る。
その光景を見て、ふと思うことがあります。
これは希望なのか。
それとも、現実から目を逸らすための装置なのか。
宝くじは「逆転満塁ホームラン」に似ている

宝くじを買う心理は、
スポーツで言えば 逆転満塁ホームラン を夢見る感覚に近いと思っています。
- 一打で状況がひっくり返る
- それまでの流れをすべて無効化できる
- 努力や積み重ねを飛び越えられる
たしかに、夢としては気持ちがいい。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
そもそも満塁ホームランは「自分だけ」では打てない

冷静に考えてみてください。
満塁ホームランを打つためには、
まず塁がすべて埋まっていなければなりません。
つまり、
- 前の打者がヒットを打つ
- 四球を選ぶ
- 相手のミスで出塁する
こうした 自分以外の誰かの結果 が積み重なって、
はじめて「満塁」という状況が生まれます。
さらに言えば、
たとえ満塁のチャンスが一度できたとしても、
- 前の打者がアウトになれば
- そこでチェンジになり
- 自分の打席は回ってこない
ということも普通に起こります。
満塁ホームランは、
自分の実力以前に、他人の結果と運に左右される出来事 なのです。
それでも人は「一発」に希望を見てしまう

それなのに人は、
- 塁が埋まるまでの過程
- 打席が回ってくる確率
- 前の打者がアウトになる可能性
こうした現実をすべて無視して、
「自分が打つ瞬間」だけを切り取って考えてしまいます。
宝くじもまったく同じ構造です。
宝くじの現実を示す、ある例え話

昔、こんな話を聞きました。
4トントラックに隙間なく宝くじを詰め込む。
その中のたった1枚が1等。
この例えを知った瞬間、
宝くじに対する見え方が一気に変わりました。
多くの人は
「当たる可能性がある」と思って買いますが、
現実は ほぼ確実に当たらない構造 になっています。
それでも人は買う。
なぜか。
理由はシンプル。「責任を負わずに希望を持てる」から
仕事、勉強、スキル、習慣。
これらはすべて、
- 時間がかかる
- 成果が保証されない
- 失敗すると自分の責任になる
一方、宝くじは違います。
- 買うだけ
- 努力不要
- 外れたら「運が悪かった」で終わる
自分の人生に責任を負わずに、希望だけを持てる。
これが宝くじや一発逆転思考の最大の魅力であり、
同時に最大の罠です。
本当に人生が変わる人は、何をしているか

人生を現実的に変えている人は、
逆転満塁ホームランを狙っていません。
- まず出塁する
- 塁を一つ進める
- 次の打者につなぐ
地味で、時間がかかることばかりです。
けれど、
その積み重ねがあるからこそ、
打席が回ってくる確率が上がる。
満塁は「祈って生まれるもの」ではなく、
作りにいくもの です。
満塁ホームランは「狙うもの」ではない

逆転満塁ホームランは、
- 待つものでも
- 信じるものでもなく
結果として、たまたま起きるもの です。
それを人生戦略の中心に置いてしまうと、
宝くじのような
再現性のない希望に時間とお金を預けることになります。
まとめ
- 宝くじは逆転満塁ホームランの幻想に近い
- 満塁は自分一人では作れない
- 一発逆転は、他人の結果と運に依存する
- 人生を変えるのは、出塁を積み重ねる行為
年末に宝くじを買いたくなったら、
「自分は今、塁に出る行動をしているか?」
と一度だけ考えてみてください。
それだけで、
見える景色は少し変わるはずです。